岸和田市とは、大阪府南部の泉州地域にある市で、北西は大阪湾に面し、南は葛城山の稜線を境に和歌山県と接しています。人口は184,497人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)、面積は72.72平方キロメートルで、1922年(大正11年)に大阪市・堺市に次いで大阪府で3番目の市になりました。江戸時代は岡部氏が13代にわたって治めた岸和田藩の城下町で、岸和田城の庭園「八陣の庭」は国の名勝です。岸和田だんじり祭は1703年(元禄16年)の稲荷祭が始まりとされ、岸和田地区・春木地区の9月祭礼と、ほかの6地区の10月祭礼があります。
「岸和田市って、だんじり祭は聞いたことがあるけれど、どんな市なの? 祭りのほかには何があるの?」
岸和田市を初めて調べるときに、まず浮かぶ疑問です。岸和田市の公式サイトでは、市のプロフィール、岸和田城、だんじり祭、文化財、特産の情報が、観光課・郷土文化課・市制施行100周年記念誌などの別々のページに分かれていて、全体をつかむには何ページも行き来することになります。
この記事では、位置と人口、交通と暮らしの窓口、城下町の歴史、だんじり祭の9月祭礼と10月祭礼の違い、名所と文化財、特産と市のシンボルを、岸和田市・大阪府・文化庁の公式資料(確認)で整理しました。大阪府泉州地域の中での位置は、大阪府泉州地域の範囲と市町の一覧で紹介しています。
この記事のまとめ
- 大阪府南部の泉州地域にある市で、北西は大阪湾に面し、南は葛城山の稜線を境に和歌山県と接します。北から東は忠岡町・和泉市、西は貝塚市と隣り合っています。
- 人口は184,497人、世帯数は80,235世帯(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)、面積は72.72平方キロメートル(岸和田市「岸和田市プロフィール」)です。
- 市内には南海本線の4駅とJR阪和線の3駅があり、阪和自動車道と阪神高速4号湾岸線が通ります。
- 1334年に和田氏が城を築き「岸の和田氏」と呼ばれたことが地名の由来とされ、1640年からは岡部氏が13代にわたって岸和田藩を治めました。1922年に大阪府で3番目の市になりました。
- だんじり祭は1703年の稲荷祭が始まりとされ、岸和田地区・春木地区の9月祭礼と、ほかの6地区の10月祭礼があります。
- 大阪府岸和田市の名所は岸和田城と庭園「八陣の庭」、久米田池と久米田寺、大威徳寺多宝塔のある牛滝山などで、農産物は泉州水なす・泉州たまねぎ・包近の桃などが知られます。
目次
岸和田市はどこ?大阪湾から葛城山まで続く大阪府岸和田市の位置と人口
岸和田市は大阪府南部の泉州地域にある市で、大阪湾から和泉山脈の葛城山まで細長く続く市域をもちます。面積は72.72平方キロメートル(岸和田市「岸和田市プロフィール」)、人口は184,497人、世帯数は80,235世帯です(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)。
大阪湾から葛城山まで:臨海部・平地部・丘陵部・山地部
市の交通計画の資料は、市域を「大阪湾から和泉山脈に至る細長い地形」と説明しています。東西は約17.3km、南北は約7.6kmで、臨海部・平地部・丘陵部・山地部に分かれます(岸和田市「交通まちづくりアクションプラン〔基本計画編〕素案」)。
市の概況の資料では、山地・丘陵・平地がおよそ3分の1ずつで、南は標高858mの葛城山の稜線で和歌山県と接しています(岸和田市「岸和田市の概況」)。市は、中心部は大阪湾に面し、関西国際空港から車で約15分と紹介しています(岸和田市「岸和田市プロフィール」)。
隣り合う市町と和歌山県
市の概況の資料によると、岸和田市は北から東にかけて忠岡町・和泉市と、西は貝塚市と隣り合い、南は和歌山県と接しています(岸和田市「岸和田市の概況」)。北で接する忠岡町は、国土地理院の面積調(2026年7月1日時点)の値を比べると面積が全国の町でいちばん小さい町で、忠岡町の位置と歴史、名所の記事で紹介しています。
地名「岸和田」の由来は「岸の和田氏」
市の「岸和田城いまむかし」によると、1334年に楠木正成の一族の和田氏が城を築き、「岸の和田氏」と呼ばれたことが、地名「岸和田」の由来とされています(岸和田市「岸和田城いまむかし」)。
人口は約18万人:府の推計と市の案内
岸和田市の人口は約18万人です。基準日がはっきりしている府の推計と、市の資料の基本データを並べると次のとおりです。
| 項目 | 値 | 出典 |
|---|---|---|
| 人口 | 184,497人(男86,975人・女97,522人) | 大阪府毎月推計人口(2026年9月1日現在) |
| 世帯数 | 80,235世帯 | 同上 |
| 面積 | 72.72平方キロメートル | 岸和田市「岸和田市プロフィール」(基準日の記載なし) |
| 市制施行 | 1922年(大正11年)11月1日(大阪府で3番目、全国で87番目) | 岸和田市「岸和田城いまむかし」、岸和田市「岸和田市プロフィール」 |
府の推計人口は、令和7年国勢調査の人口速報集計結果を基に算出され、毎月更新されます(大阪府「推計人口 月報の一覧」)。市の「人口・世帯数」のページは、人口と世帯数をオープンデータサイトのBODIKで公開していると案内しています(岸和田市「人口・世帯数」)。
同じ基準日の府の推計で比べると、当サイトの泉州とは(市町の一覧)の人口表で紹介している大阪・泉州の12市町(堺市を除く)の中で、岸和田市の人口が最も多く、2番目は和泉市(180,670人)です。
岸和田市の交通と暮らし:南海本線とJR阪和線の7駅、阪和道と湾岸線
岸和田市内には、南海本線の春木・和泉大宮・岸和田・蛸地蔵の4駅と、JR阪和線の久米田・下松・東岸和田の3駅があります。道路は阪和自動車道と阪神高速4号湾岸線が通り、阪和自動車道には岸和田和泉ICと岸和田サービスエリアがあります。
鉄道は南海本線4駅とJR阪和線3駅
| 路線 | 駅名 |
|---|---|
| 南海本線 | 春木、和泉大宮、岸和田、蛸地蔵 |
| JR阪和線 | 久米田、下松、東岸和田 |
駅は市の資料(岸和田市「交通まちづくりアクションプラン〔基本計画編〕素案」、平成29年6月)によります。同じ資料によると、水間鉄道は岸和田市内を通らず、隣の貝塚市を走っています。
阪和自動車道と阪神高速湾岸線
阪和自動車道のインターチェンジは岸和田和泉ICで、岸和田丘陵地区の近くにあります。阪神高速4号湾岸線の「岸和田南」出口は、市がだんじり会館への車の道順として案内している出口です(岸和田市「岸和田だんじり会館」)。
市の「100年のあゆみ」によると、1990年に阪和自動車道の岸和田和泉〜阪南間が開通し、1994年に阪神高速湾岸線が全線開通しました。同じ1994年に関西国際空港が開港しています(岸和田市「岸和田市100年のあゆみ」)。
阪和自動車道の岸和田サービスエリアは、一般道(牛滝街道)からも使えます。下り線には、岸和田城の隅櫓をかたどった建物があります(岸和田市「きしわダイアリー(岸和田SA)」、2024年8月15日掲載)。
引越し・ごみ・子育て:市の手続きの入口
岸和田市で暮らしの手続きを調べるときは、次の市のページが入口です。
- 引越し:転出届はマイナンバーカードを使ってオンラインで出せます。転入・転居は来庁予約ができ、手続きは窓口で行います(岸和田市「引越し手続オンラインサービス」)。
- ごみ:分け方と出し方は、市の廃棄物対策課のページにまとまっています(岸和田市「ごみの分け方と出し方」)。
- 子育て:妊娠・出産、手当・助成、保育所などの案内は、市の「子育て」のカテゴリから探せます(岸和田市「子育て」)。
市は移住・定住支援サイト「ほんまけ?岸和田」も運営しています。支援制度の内容や条件は変わるため、最新の条件は市のページで確かめてください。
岸和田市の歴史:和田氏の城から岡部藩13代の城下町、岸和田紡績の創業、市制施行まで
岸和田市の歴史は、1334年に和田氏が築いたと伝わる城に始まります。1640年に岡部宣勝が入城してからは岡部氏が13代にわたって岸和田藩を治め、宣勝は外堀を築いて城下町を広げました。明治には岸和田紡績が創業し、1922年11月1日に大阪府で3番目の市になりました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1334年(建武元年) | 楠木正成の一族の和田氏が城を築き、「岸の和田氏」と呼ばれたと伝わる |
| 1585年 | 羽柴秀吉が叔父の小出秀政を城主にし、秀政が城を整え天守を建てる |
| 1640年(寛永17年) | 岡部宣勝が入城する。以後13代にわたり、明治まで岸和田藩を治める |
| 1703年(元禄16年) | 藩主の岡部長泰が伏見稲荷を城内三の丸に祀る(だんじり祭の始まりとされる) |
| 1785年(天明5年) | 現在の形のだんじりができたとされる |
| 1827年 | 落雷で天守が焼失する |
| 1894年(明治27年) | 岸和田紡績が創業する |
| 1922年(大正11年) | 11月1日に市制を施行する(大阪府で3番目、全国で87番目) |
| 1938〜1948年 | 周辺の町村を編入・合併する |
| 1953年 | 重森三玲が旧本丸に庭園「八陣の庭」を作る |
| 1954年(昭和29年) | 天守が再建(復興)され、内部は図書館として使われる |
年表は岸和田市「岸和田城いまむかし」、岸和田市「岸和田城」、岸和田市制施行100周年記念誌「岡部藩政時代・寺田財閥」、岸和田市「だんじり祭の歴史」、岸和田市制施行100周年記念誌「岸和田とまつり」、岸和田市「岸和田市100年のあゆみ」、文化庁 国指定文化財等データベース「岸和田城庭園(八陣の庭)」をもとに、大阪府岸和田市の歩みをまとめました。
岸和田城の城主の移り変わりと「ちきり城」の別名
市の「岸和田城いまむかし」によると、岸和田城の城主は信濃氏・細川氏・三好氏・松浦氏・中村氏・小出氏・松平氏と替わり、1640年に岡部宣勝が入城しました。市立図書館の資料では、宣勝の入城時の石高は6万石で、2代藩主の行隆が分知したあとは53,000石です(岸和田市立図書館「岸和田城」)。
岸和田城の別名は「猪伏山(いぶせやま)ちきり城」で、「千亀利城」「蟄亀利城」とも書きます(岸和田市「岸和田城いまむかし」)。
明治維新で門や櫓が取り壊され、近世の遺構として残るのは堀と石垣です。いまの天守は1954年に再建(復興)された三層の天守で、図面から、元は五層だったとされています(岸和田市「岸和田城」)。
城下町と旧紀州街道:本町のまちなみ
岡部宣勝は外堀を築いて城下町を広げました(岸和田市制施行100周年記念誌「岡部藩政時代・寺田財閥」)。
旧紀州街道は大坂と和歌山を結んだ道で、江戸時代に参勤交代の道として整備されました。本町は岸和田城の西側の街道沿いにあり、本瓦葺き、中二階の虫籠窓、出格子などを備えた城下町の町家がいまも残ります(岸和田市「本町・旧紀州街道沿いのまちなみ」)。
寺田家と岸和田紡績:近代の産業
市制施行100周年記念誌によると、江戸時代から続く酒造家の寺田家は明治以降に地方財閥になり、会社や銀行が海岸沿いや紀州街道沿いに並びました。1894年(明治27年)に岸和田紡績が創業し、明治末には日本の十大紡績会社の一つに数えられました。
寺田財閥は戦後の財閥解体で解消しましたが、近代の建築群が旧市街に残っています(岸和田市制施行100周年記念誌「岡部藩政時代・寺田財閥」)。
市制施行と周辺町村の編入・合併
市の「100年のあゆみ」では、市制施行から周辺の町村の編入・合併までを次のように記録しています(岸和田市「岸和田市100年のあゆみ」)。
- 1922年(大正11年):岸和田町が町制を廃止し、市制を施行
- 1938年(昭和13年):土生郷村を編入
- 1940年(昭和15年):東葛城村・有真香村を編入
- 1942年(昭和17年):岸和田市・春木町・山直町・南掃守村が対等合併し、新しい岸和田市に
- 1948年(昭和23年):山滝村を編入
岸和田だんじり祭:起源と9月祭礼・10月祭礼の違い、だんじり会館
岸和田だんじり祭は、1703年(元禄16年)に岸和田藩主の岡部長泰が京都の伏見稲荷を城内三の丸に祀り、五穀豊穣を祈った稲荷祭が始まりとされます。祭礼は、岸和田地区・春木地区の9月祭礼と、八木・山直など6地区の10月祭礼に分かれます。
起源は1703年の稲荷祭とされる
市の「だんじり祭の歴史」は、元禄16年(1703年)に当時の藩主の岡部長泰が京都の伏見稲荷を城内三の丸に祀り、五穀豊穣を祈って行った稲荷祭が始まりとされると説明し、約300年の歴史と紹介しています(岸和田市「だんじり祭の歴史」)。
一方、市制施行100周年記念誌は、起源には諸説があり、初期の祭礼の詳しいようすははっきりしないと書いています。現在の形のだんじりができたのは、1785年(天明5年)とされています(岸和田市制施行100周年記念誌「岸和田とまつり」)。
9月祭礼と10月祭礼:地区と町の数
記念誌「岸和田とまつり」では、9月祭礼と10月祭礼に参加する地区と町の数を次のように紹介しています。
| 祭礼 | 地区(町の数) |
|---|---|
| 9月祭礼 | 岸和田地区(22町)、春木地区(12町) |
| 10月祭礼 | 八木地区(11町)、山直地区(8町)、山直南地区(5町)、東岸和田地区(11町)、南掃守地区(8町)、山滝地区(2町) |
9月祭礼は岸和田地区と春木地区の祭礼で、10月祭礼はそれ以外の6地区の祭礼です(岸和田市制施行100周年記念誌「岸和田とまつり」)。
例年の時期と最新情報の調べ方
9月祭礼は例年9月、10月祭礼は例年10月に行われます。その年の日程、交通規制、場所取りについての注意は、市の岸和田だんじり祭 特設ページと交通規制のお知らせで確かめてください。
岸和田だんじり会館
岸和田だんじり会館は、1993年(平成5年)に開館した市の施設です(岸和田市「岸和田市100年のあゆみ」)。所在地は岸和田市本町11-23で、南海本線「蛸地蔵駅」から徒歩約7分、「岸和田駅」から徒歩約13分です。車では、阪神高速4号湾岸線「岸和田南」出口から約5分です(岸和田市「岸和田だんじり会館」)。
近くに岸和田市営駐車場がありますが、台数に限りがあるため、事前に確かめるよう市は案内しています。開館時間・休館日・入館料は、次の章の「岸和田城とだんじり会館の利用情報」の表にまとめました。
岸和田市の名所と文化財:岸和田城と八陣の庭、久米田池、牛滝山
岸和田市の主な名所は、大阪湾側では岸和田城と国の名勝の庭園「八陣の庭」、内陸では大阪府が府内で最も面積が大きいため池と紹介する久米田池と久米田寺、山側では大威徳寺多宝塔のある牛滝山です。市内の国指定文化財は14件あります(2025年3月現在)。
岸和田城と八陣の庭
八陣の庭は、重森三玲が1953年に市の依頼で岸和田城の旧本丸に作った庭です。諸葛孔明の「八陣」をテーマにし、地上からも天守の最上階からも見られるように作られています。2014年に国の名勝に指定されました(文化庁 国指定文化財等データベース「岸和田城庭園(八陣の庭)」)。
岸和田城跡は大阪府指定の史跡で、国の指定ではありません(岸和田市「市内の指定文化財一覧」)。市は、岸和田城と二の丸広場の周辺の道路は駐車禁止と案内しています(岸和田市「岸和田城周辺の駐車場」)。城の近くの岸和田市二の丸広場観光交流センターは、歴史・観光の展示やパンフレットがある市の施設です。
| 項目 | 岸和田城(天守) | 岸和田だんじり会館 |
|---|---|---|
| 時間 | 午前9時〜午後5時(入場は午後4時30分まで) | 午前10時〜午後5時(入館は午後4時まで) |
| 休み | 年末年始(12月29日〜1月3日)、展示替えの期間 | 毎週月曜日(祝日・休日は開館)、年末年始(12月29日〜1月3日) |
| 大人 | 300円 | 600円 |
| 子ども | 中学生以下は無料 | 小・中学生300円 |
| 3館共通券 | 大人700円(岸和田城・だんじり会館・自然資料館) | 同左(購入から1か月有効) |
| 所在地 | 岸和田市岸城町9番1号 | 岸和田市本町11-23 |
| 出典 | 岸和田市「岸和田城」 | 岸和田市「岸和田だんじり会館」 |
臨時休館や夜間開館があるため、出かける前に市の各施設のページで確かめてください。
久米田池と久米田寺
大阪府によると、久米田池は面積45.6ha、周囲2.6kmで、府内で最も面積が大きいため池です。天平10年(738年)に、行基の指導で14年かけて完成したとされています。ため池百選に選ばれ、平成27年度に世界かんがい施設遺産に登録されました(大阪府「久米田池」)。久米田池は大阪府指定の史跡名勝でもあります。
久米田寺は、行基が738年に開いたとされる寺です。永禄年間に戦で焼け、いまの建物は江戸時代中期の再建です。4月21日の縁日は地元で「21日のおだいっさん」と呼ばれ、桜の名所としても知られます。JR阪和線「久米田駅」から徒歩10分です(岸和田市「久米田寺」)。境内は大阪府指定の史跡で、所蔵の楠家文書などは国の重要文化財です(岸和田市「市内の指定文化財一覧」)。
牛滝山の大威徳寺多宝塔と、和泉葛城山ブナ林
大沢町の牛滝山は、大威徳寺の多宝塔と紅葉で知られます。奥には滝が多く、地蔵が並ぶ山道があります(岸和田市「牛滝山」)。大威徳寺多宝塔は1515年(永正12年)の建立で、1971年に重要文化財に指定されました(文化遺産オンライン「大威徳寺多宝塔」)。
和泉葛城山ブナ林は1923年に国の天然記念物に指定され、岸和田市塔原と貝塚市蕎原にまたがっています(国指定文化財等データベース「和泉葛城山ブナ林」)。ブナ林については、貝塚市の記事でも紹介しています。
丘陵と海側:蜻蛉池公園・神於山・岸和田市立浪切ホール
蜻蛉池公園は大阪府の府営公園で、面積は約66.1haです。1991年に開園し、標高50〜110mのなだらかな丘陵に30以上の池があります。広域防災拠点にも指定されています(大阪府 岸和田土木事務所「蜻蛉池公園」)。公園の公式サイトのよくある質問では、園路・広場などを「無料エリア」としています(蜻蛉池公園 公式サイト「よくある質問」)。
神於山は、市によると標高296mの里山です。南方系の植物カギカズラの北限地で、約70種のシダがあり、春木川の源流でもあります(岸和田市「神於山」)。
岸和田市立浪切ホールは、市制施行80周年を記念して2002年に開館した港緑町のホールです。市のページ(2020年3月更新)では、愛称を「南海浪切ホール」としています(岸和田市「南海浪切ホール(岸和田市立浪切ホール)」)。
名所ごとの最寄り駅・利用時間・休み・料金・駐車場は、岸和田の観光スポットの記事で、城下町・久米田・丘陵・牛滝山の4エリアに分けて整理しています。
国指定の文化財(主なもの)
| 種別 | 名称 | 補足 |
|---|---|---|
| 史跡 | 摩湯山古墳(摩湯町) | 1956年指定。全長約190mの前方後円墳(国指定文化財等データベース) |
| 名勝 | 岸和田城庭園(八陣の庭) | 2014年指定 |
| 天然記念物 | 和泉葛城山ブナ林 | 1923年指定 |
| 重要文化財(建造物) | 大威徳寺多宝塔、兵主神社本殿、積川神社本殿 | 多宝塔は1971年指定 |
| 重要文化財(書跡・絵画) | 久米田寺の所蔵品(楠家文書など) | 市の一覧による |
一覧は岸和田市「市内の指定文化財一覧」によります。拝観の方法や料金は公式資料で確認できていないため、訪ねる前に寺社か市に確かめてください。
大阪府岸和田市の有名なもの:泉州水なす・包近の桃などの農産物と市の木・市の花
大阪府岸和田市で有名なものは、岸和田城とだんじり祭のほか、泉州水なす・泉州たまねぎ・包近の桃などの農産物です。市によると、岸和田市の桃の生産量は大阪府で一番です。市の木はクスノキ、市の花はバラです。
泉州水なす・泉州たまねぎ・包近の桃:岸和田の農産物
市制施行100周年記念誌では、大阪府岸和田市の主な農産物と時期を次のように紹介しています。
| 農産物 | 時期 | 特徴 |
|---|---|---|
| 泉州水なす | 3〜11月 | 大阪・泉州特有の品種で、皮が薄く、実の約92%が水分 |
| 泉州たまねぎ | 4〜6月 | 水分が多く甘い |
| 包近の桃 | 6月中旬〜7月 | 糖度が高い。市によると、岸和田市の桃の生産量は大阪府で一番 |
| イチジク | 8月〜10月上旬 | 市の農業のページでも紹介されている |
| 春菊(きくな) | 9〜4月 | 市の農業のページでも紹介されている |
| 彩誉(ニンジン) | 12月下旬〜3月 | 市の農業のページでも紹介されている |
時期と特徴は岸和田市制施行100周年記念誌「岸和田名産のフルーツ&ベジタブル」と岸和田市「岸和田市の農業」によります。
市は泉州水なすを、岸和田の特産として真っ先に名前が挙がるものと紹介しています。ミカンは藩主が栽培をすすめ、明治以降に品種改良が進んで収穫が増えた、大阪府岸和田市の歴史的な特産です(岸和田市「岸和田市の農業」)。
だんじり祭の料理と郷土料理
市制施行100周年記念誌は、秋のだんじり祭の料理の代表としてワタリガニを挙げています。郷土料理としては、ほかにイワシのにぎり寿司、じゃこごうこ、水ナスの浅漬け、かんとだきを紹介しています(岸和田市制施行100周年記念誌「岸和田の郷土料理」)。ワタリガニは、祭りの料理として親しまれている食材です。
市の木クスノキ・市の花バラ「だんじり囃 ’02」
- 市の木:クスノキ。市制施行45周年の1968年に、市民の意見をもとに制定されました。
- 市の花:バラ。市制施行60周年の1982年に制定されました。品種名「だんじり囃 ’02」は、2002年に市民投票と委員会の審査を経て決まりました。
市の木と市の花は、岸和田市「岸和田市プロフィール」によります。
よくある質問
Q岸和田市とはどんな市ですか?
岸和田市とは、大阪府南部の泉州地域にある市で、北西は大阪湾に面し、南は葛城山の稜線を境に和歌山県と接しています。人口は184,497人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)です。江戸時代は岡部氏が13代にわたって治めた岸和田藩の城下町で、1922年に大阪府で3番目の市になりました。
Q岸和田市にある有名なものは何ですか?
大阪府岸和田市で有名なものは、岸和田城と国の名勝の庭園「八陣の庭」、1703年の稲荷祭が始まりとされる岸和田だんじり祭です。名所には、大阪府が府内で最も面積が大きいため池と紹介する久米田池や、重要文化財の大威徳寺多宝塔がある牛滝山があります。農産物では泉州水なす・泉州たまねぎ・包近の桃が知られ、市によると岸和田市の桃の生産量は大阪府で一番です。
Q岸和田城は別名何と呼ばれていますか?
岸和田市の「岸和田城いまむかし」によると、岸和田城の別名は「猪伏山(いぶせやま)ちきり城」で、「千亀利城」「蟄亀利城」とも書きます。1334年に城を築いた和田氏が「岸の和田氏」と呼ばれたことが、地名「岸和田」の由来とされています。
Q岸和田だんじり祭の9月祭礼と10月祭礼は何が違いますか?
9月祭礼は岸和田地区(22町)と春木地区(12町)の祭礼で、10月祭礼は八木・山直・山直南・東岸和田・南掃守・山滝の6地区の祭礼です。9月祭礼は例年9月、10月祭礼は例年10月に行われます。その年の日程と交通規制は、岸和田市のだんじり祭の特設ページで確かめてください。
Q岸和田市の人口は何人ですか?
岸和田市の人口は、大阪府毎月推計人口で184,497人、世帯数は80,235世帯(2026年9月1日現在)です。同じ推計で比べると、当サイトが紹介する大阪・泉州の12市町(堺市を除く)の中で最も人口が多い市です。
まとめ
岸和田市とは、大阪府南部の泉州地域にある人口184,497人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)の市で、岸和田藩の城下町とだんじり祭の歴史をもち、大阪湾から葛城山まで平地・丘陵・山地が続く市です。
- 位置:北西は大阪湾に面し、南は葛城山の稜線を境に和歌山県と接する。隣り合うのは忠岡町・和泉市・貝塚市
- 人口・面積:人口184,497人・世帯数80,235世帯(府の推計)、面積72.72平方キロメートル(市のプロフィール)
- 交通と暮らし:南海本線の4駅とJR阪和線の3駅があり、阪和自動車道と阪神高速4号湾岸線が通る
- 歴史:1334年に和田氏が築いたと伝わる城に始まり、岡部氏13代の岸和田藩の城下町を経て、1922年に大阪府で3番目の市になった
- だんじり祭:1703年の稲荷祭が始まりとされ、岸和田地区・春木地区の9月祭礼と、ほかの6地区の10月祭礼がある
- 名所と文化財:岸和田城と国の名勝「八陣の庭」、久米田池と久米田寺、大威徳寺多宝塔のある牛滝山。国指定文化財は14件(2025年3月現在)
- 特産・シンボル:泉州水なす・泉州たまねぎ・包近の桃などの農産物、市の木クスノキ、市の花バラ「だんじり囃 ’02」
岸和田市と西で接する貝塚市は貝塚市の名前の由来・歴史・名所で、同じ大阪・泉州の熊取町と泉佐野市は熊取町の歴史・名所、泉佐野市の歴史・名所・日本遺産の記事で紹介しています。大阪・泉州のほかの市町の歴史・名所は泉州の地域ガイドにまとめていきます。お店選びの記事は、トップページのジャンルとエリアからたどれます。
出典・参考資料
- 岸和田市「岸和田市プロフィール」
- 岸和田市「岸和田市の概況」
- 岸和田市「交通まちづくりアクションプラン〔基本計画編〕素案」
- 大阪府「毎月推計人口(令和8年9月1日現在)」
- 大阪府「推計人口 月報の一覧」
- 岸和田市「人口・世帯数」
- 岸和田市「きしわダイアリー(岸和田SA)」
- 岸和田市「引越し手続オンラインサービス」
- 岸和田市「ごみの分け方と出し方」
- 岸和田市「子育て」
- 岸和田市「岸和田城いまむかし」
- 岸和田市立図書館「岸和田城」
- 岸和田市制施行100周年記念誌「岡部藩政時代・寺田財閥」
- 岸和田市「本町・旧紀州街道沿いのまちなみ」
- 岸和田市「岸和田市100年のあゆみ」
- 岸和田市「だんじり祭の歴史」
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岸和田市の概況の資料で地形を確かめると、市域は山地・丘陵・平地がおよそ3分の1ずつで、南は葛城山の稜線で和歌山県と接していました。私なら、岸和田市の行き先を調べるときは、まずそこが大阪湾側の平地か、丘陵か、山側かを地図で確かめます。熊取町に移住した直後、地元の人に「田舎ちゃうよ」(田舎じゃないよ、という意味)と言われてから、大阪・泉州の市町をひとつのイメージでくくらないように気をつけています。資料で見るかぎり、城下町の町家が残る本町と、ブナ林のある葛城山の山側では、土地の姿が大きく違うからです。