泉大津市とは、大阪府の南部にあり、西北部が大阪湾に面した大阪・泉州の市です。北部・東部は高石市と和泉市、南部は大津川を境に泉北郡忠岡町と接し、1942年4月1日に府下7番目の市になりました。人口は71,410人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)で、業界団体の日本毛布工業組合が「日本一の毛布のまち」と紹介する毛布の産地です。
「泉大津市って、大阪市内? 毛布が有名って聞いたけれど、ほかに何がある市?」
泉大津市を調べ始めると、つまずきやすい点がいくつかあります。名前に「大津」が入るため、滋賀県大津市と取り違えやすいところがあります。大阪市内までの時間は、市の資料で鉄道なら「20分で難波」、車なら「大阪市内へは約30分」と、手段と行き先で書き分けられています。毛布のシェアも、業界団体と市で言い回しが違い、どちらの資料にも基準年が書かれていません。
そこで、位置と人口、大阪市との関係、歴史と名前の由来、毛布、交通、名所、祭りと市のシンボルを、泉大津市・大阪府・文化遺産オンライン・日本毛布工業組合などの公式資料(確認)で順に整理しました。泉大津市を含む大阪府の泉州地域の範囲と市町は、別の記事で一覧にしています。
この記事のまとめ
- 位置:大阪府の南部で西北部が大阪湾に面し、高石市・和泉市・泉北郡忠岡町と接する大阪・泉州の市で、大阪市内ではありません。
- 人口・面積:人口71,410人・32,950世帯(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)、面積14.33平方キロメートルで、市内全域がほぼ平坦です。
- 成り立ち:奈良時代は国府の外港として栄え、1942年4月1日に府下7番目の市になりました。滋賀県大津市がすでにあったため、和泉国の「泉」を冠して泉大津市としました。
- 毛布:日本毛布工業組合は「国産毛布の90%以上」、市は「約90%」が泉大津とその周辺・近隣地域で作られていると説明しています(どちらも基準年の記載なし)。
- 交通:南海本線に北助松・松ノ浜・泉大津の3駅、阪神高速湾岸線の「泉大津」「助松」出口があり、市内の港から新門司(北九州市)行きの長距離フェリーが出ています。
- 名所:国の史跡の池上曽根遺跡、本殿など3棟が国の重要文化財の泉穴師神社、繊維がテーマの市立織編館があります。
目次
泉大津市はどこ?大阪府泉大津市の位置・人口と大阪市との関係
泉大津市は大阪府の南部にあり、西北部が大阪湾に面した大阪・泉州の市です。北部・東部は高石市と和泉市、南部は大津川を境に泉北郡忠岡町と接し、面積は14.33平方キロメートル、人口は71,410人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)です。大阪市内ではなく、大阪市とは別の市です。
高石市・和泉市・忠岡町と接し、西北部は大阪湾に面する
市の「位置・市域面積」によると、泉大津市は大阪府の南部に位置し、北部・東部は高石市と和泉市、南部は大津川を境に泉北郡忠岡町と接します。西北部は大阪湾に面しています(泉大津市「位置・市域面積」)。国の史跡の池上曽根遺跡は、和泉市と泉大津市にまたがっています。和泉市側にある大阪府立弥生文化博物館と、和泉市の位置・歴史は、和泉市とは?位置・歴史と名所の記事で紹介しています。大津川の南で接する忠岡町は、国土地理院の面積調(2026年7月1日時点)の値を比べると面積が全国の町でいちばん小さい町で、忠岡町の位置と歴史、名所の記事で紹介しています。
市の移住・定住特設サイトは、大阪湾側の眺めを「はるかに六甲山、淡路島を望むことができます」と紹介しています(泉大津市 移住・定住特設サイト「まち」)。
面積14.33平方キロメートル、市内全域がほぼ平坦
面積は14.33平方キロメートルで、市は国土交通省「令和6年全国都道府県市区町村別面積調(10月1日時点)」を出典に挙げています。市制施行当時の面積は8.20平方キロメートルで、市勢の発展と臨海部の埋め立てによって広がりました。地形はほぼ平坦で、市内全域が市街化区域です。移住・定住特設サイトは、市の大きさを「まちの端から端(南北)まで自転車で13分!」と紹介しています。
人口は71,410人:大阪府毎月推計人口の内訳
泉大津市の人口は、大阪府毎月推計人口で71,410人、世帯数は32,950世帯です(2026年9月1日現在)。市制施行当時の値と並べると、次のとおりです。
| 項目 | 市制施行当時 (1942年) | 現在 | 現在の値の 出典 |
|---|---|---|---|
| 面積 | 8.20km² | 14.33km²(令和6年10月1日時点) | 泉大津市「位置・市域面積」(国土交通省の面積調) |
| 人口 | 33,307人 | 71,410人(2026年9月1日現在) | 大阪府「毎月推計人口」 |
| 世帯数 | — | 32,950世帯(同) | 大阪府「毎月推計人口」 |
| 人口密度 | — | 4,983人/km²(同) | 大阪府「毎月推計人口」 |
| 過去1年間の増減 | — | 355人減(自然増減329人減・ 社会増減26人減) | 大阪府「毎月推計人口」 |
「—」は、市の資料に市制施行当時の値の記載がない項目です。府の推計では、過去1年間(2025年9月1日〜2026年8月末日)に人口が355人減りました。内訳は、出生491人・死亡820人による自然増減が329人の減少、転入と転出の差による社会増減が26人の減少です。1世帯あたりの人員は2.17人です(大阪府「毎月推計人口(令和8年9月1日現在)」)。
泉大津市は大阪市内ではない:大阪市までの時間は手段別に
泉大津市は1942年4月1日に市制を施行した独立した市で、大阪市とは別の自治体です。市の「泉大津を知る」は、鉄道について「わずか20分で難波、関西国際空港にアクセス」、自動車について「大阪市内へは約30分」と紹介しています(泉大津市「泉大津を知る」)。移住・定住特設サイトには「大阪市内へは約20分」とありますが、手段の記載がないため、比べるときは、手段を書き分けている市の「泉大津を知る」の数字を使うと条件をそろえられます。
滋賀県大津市とは別の市
泉大津市と滋賀県大津市は別の市です。泉大津市が市制を施行したとき、すでに滋賀県大津市があったため、旧国名の和泉国から「泉」を取って「大津」の頭に置き、泉大津市と名付けられました。
当サイトが紹介する大阪・泉州の範囲と泉大津市
大阪府の「泉州」の範囲は資料によって違い、堺市を含めて呼ぶ資料もあります。当サイトは、堺市を除く大阪府南部の12市町を紹介の対象にしており、泉大津市はそのひとつです。対象の市町の一覧は大阪・泉州とは?範囲と各市町の記事にまとめています。
泉大津市の歴史と名前の由来:国府の外港「小津」から府下7番目の市へ
泉大津市は、奈良時代に国府の外港として栄えた地域にある市で、1942年4月1日に府下7番目の市として誕生しました。市制施行のときすでに滋賀県大津市があったため、旧国名の和泉国から「泉」を取って泉大津市と名付けられました。
奈良時代は国府の外港、古典に出る「小津の泊」「大津の浦」
市の「市の生い立ち」によると、この地域は「奈良時代には府中におかれた国の役所の外港として栄えていました」。古典には「小津の泊」「小津の松原」「大津の浦」などの名で、名勝の地としてたびたび登場します(泉大津市「市の生い立ち」)。江戸期からは、南溟寺を中心にした寺内町として発展しました。海側を通る浜街道について、移住・定住特設サイトは「江戸時代以降の町家建築が多く残され」と紹介しています(泉大津市 移住・定住特設サイト「行く」)。
「大津」の由来と、「泉」を冠した理由
市の地名の解説によると、「大津」の地名は「小津」から転じたものといわれ、府中にあった国府の港町として次第に「大きなみなと」になり、古くから物産の集積地として栄えました。市名については「すでに滋賀県大津市があることから、大津の頭に和泉国の「泉」を置くこととした」と説明しています(泉大津市「「大津村」「大津町」」)。旧国名の「和泉」の由来は、大阪・泉州の由来と旧国名・和泉国の記事で紹介しています。
17か村から大津町へ、1942年の市制施行まで
明治22年に17か村が3か村にまとまり、大津村が大正4年に町制を施行して大津町になりました。昭和6年に穴師村・上條村を合併し、昭和17年4月1日の市制施行で泉大津市になりました。
| 時期 | できごと | 出典 |
|---|---|---|
| 奈良時代 | 府中に置かれた国の役所の外港として栄える | 市の生い立ち |
| 江戸時代 | 南溟寺を中心とした寺内町として発展 | 「大津村」「大津町」 |
| 明治22年 (1889年)4月1日 | 市町村制の施行で17か村が大津村・穴師村・上條村の3か村に統合され、和泉郡に所属 | 市の生い立ち |
| 大正4年 (1915年)4月1日 | 大津村が町制を施行し大津町に | 市の生い立ち |
| 昭和6年 (1931年)8月20日 | 穴師村・上條村を合併 | 市の生い立ち |
| 昭和17年 (1942年)4月1日 | 市制を施行(府下7番目)し、泉大津市と改称 | 市の生い立ち |
| 昭和17年 (1942年)9月25日 | 市章を制定 | 市章・マスコット・ シンボルマーク |
西暦は、市の資料の和暦から換算して併記しました。市の歴史資料は、市が公開するデジタルアーカイブ泉大津市ORIAMデジタルヒストリーで読めます。
泉大津市が「日本一の毛布のまち」と呼ばれる理由
泉大津市が「日本一の毛布のまち」と呼ばれるのは、国内の毛布の大部分が泉大津市とその周辺で作られているためです。業界団体の日本毛布工業組合は国産毛布の「90%以上」、市は「約90%」が泉大津とその周辺・近隣地域で生産されていると説明しています。どちらの資料にも、数値の基準年は書かれていません。
毛布のシェアは出典で言い回しが違う
日本毛布工業組合の公式サイトは、トップページで「大阪府の南部に位置する泉大津市とその周辺では国産毛布の90%以上が生産されており泉大津市は全国No.1の生産量を誇る“日本一の毛布のまち”です。」と紹介しています(日本毛布工業組合)。市の「泉大津を知る」は「国内で生産される毛布の約90%が泉大津とその近隣地域で生まれています。」と説明しています。
どちらの数字も、範囲は「泉大津市とその周辺」「泉大津とその近隣地域」で、泉大津市だけの値ではありません。数値がいつの時点のものかも、2026年10月13日の確認ではどちらの資料にも書かれていませんでした。
牛毛の毛布から分業、マイヤー毛布へ
市の「泉大津を知る」は、綿織物や真田紐の時代を経て「明治20年、日本初の毛布が泉大津で誕生しました。」と紹介し、素材は牛毛だったと説明しています。日本毛布工業組合は、大阪府泉大津市とその周辺に広がる大阪・泉州の毛布産地の特徴として「社会的分業体制」を挙げ、昭和45年にマイヤー毛布が開発され、それまでの織毛布・タフト毛布に代わる新しい毛布のジャンルになったことを紹介しています(日本毛布工業組合「泉州毛布の始まり ~明治・大正~」、同「泉州毛布の始まり ~昭和・現在~」)。
組合はテクスピア大阪(泉大津市旭町22-45)の3階にあり、同じ建物の1階には市立織編館があります。市のデジタルアーカイブの泉大津市ORIAMデジタルヒストリー「泉大津と毛布産業」では、動画とVRで毛布の歴史と、織り・染め・起毛・仕上げの工程を見られます。泉州タオルなど、大阪・泉州のほかの繊維製品や特産品は大阪・泉州の特産品一覧(泉州タオル・毛布など)の記事で紹介しています。
泉大津市の交通:南海本線の3駅・高速道路の出口・新門司行きフェリー
泉大津市には南海本線の北助松・松ノ浜・泉大津の3駅と、阪神高速湾岸線の「泉大津」「助松」の2つの出口があります。市は鉄道で難波・関西国際空港まで20分、車で大阪市内へ約30分と紹介しており、市内の港からは新門司(北九州市)行きの長距離フェリーが出ています。
南海本線の北助松・松ノ浜・泉大津の3駅
市内の駅は、南海本線の北助松駅・松ノ浜駅・泉大津駅の3つです。所要時間について、市の「泉大津を知る」は鉄道で「わずか20分で難波、関西国際空港にアクセス」と紹介しています。市役所は泉大津市東雲町9番12号にあり、南海本線「泉大津」駅の東出口から北東へ徒歩約5分です(泉大津市「市役所へのアクセス」)。
阪神高速湾岸線の「泉大津」「助松」出口
市の「泉大津を知る」には「高速道路の出入口が2か所あり」と書かれていて、出入口の名前は市の「市役所へのアクセス」に出てきます。車で市役所へ向かう場合は、阪神高速湾岸線の「泉大津」出口または「助松」出口から約7分と案内されています。
新門司(北九州市)行きの長距離フェリー
阪九フェリーは「新門司⇔泉大津」と「新門司⇔神戸」の2航路を運航していて、泉大津の乗り場は泉大津市小津島町1-3にあります(阪九フェリー「乗り場とアクセス(新門司-泉大津)」)。国土交通省近畿地方整備局の資料は、堺泉北港の紹介の中で、阪九フェリーの泉大津〜小倉航路が1978年(昭和53年)に就航したと記しています(国土交通省 近畿地方整備局「堺泉北港」)。ダイヤと料金は、乗る前に阪九フェリーの公式サイトで確かめてください。
暮らしの手続きでは、泉大津市は可燃ごみを有料の市指定袋で出し、転入した人は住民登録のときに環境課で収集の申し込みをします(に泉大津市「ごみの収集」で確認)。転入届とあわせて済ませる手続きは大阪・泉州へ移住したらまずやる手続き、子育ての相談窓口や休日・夜間の急病の行き先は大阪・泉州の子育て支援まとめと大阪・泉州の休日診療所と夜間の急病相談の記事で、市町別に紹介しています。
泉大津市の名所:池上曽根遺跡・泉穴師神社・織編館・臨海部
泉大津市の主な名所は、弥生時代の環濠集落跡で国の史跡の池上曽根遺跡、本殿など3棟が国の重要文化財の泉穴師神社、繊維をテーマにした市立織編館です。臨海部には汐見公園があり、野外イベントの会場の泉大津フェニックスはふだんゲートが閉じられています。
池上曽根遺跡と池上曽根史跡公園
池上曽根遺跡は、1976年4月26日に国の史跡に指定された弥生時代の集落跡です。文化遺産オンラインは「著名な弥生時代の集落跡である。」「最も整備された時期は弥生時代中期である。」と解説しています(文化遺産オンライン「池上曽根遺跡」)。
大阪府によると、遺跡は和泉市池上町と泉大津市曽根町にまたがり、遺跡全体は約60万㎡と推定され、その中心部の約11万㎡が史跡に指定されています。府は「全国屈指の規模と内容を誇る弥生時代の環濠集落」と紹介しており、史跡公園は野外復原ゾーン・弥生情報館・弥生学習館で構成されています。駐車場については「駐車場あり」とだけ記載があり、台数と料金は書かれていません(大阪府「府内の史跡公園等の紹介【池上曽根史跡公園】」)。
市立池上曽根弥生学習館は泉大津市千原町2丁目12番45号にあります。開館は10時から17時まで(入館は16時30分まで、体験受付は16時まで)、休館日は月曜(祝日は開館)・祝日の翌日(土・日・祝は除く)・年末年始で、入館料は無料(体験学習は実費)です(泉大津市「市立池上曽根弥生学習館(池上曽根史跡公園)」、に市公式サイトで確認)。
泉穴師神社:重要文化財の本殿3棟とクスノキ
泉大津市豊中の泉穴師神社では、本殿(桃山時代・1602年)、摂社住吉神社本殿(鎌倉時代前期・1273年)、摂社春日神社本殿(桃山時代・1602年頃)の3棟が、1949年2月18日に国の重要文化財に指定されています(文化遺産オンライン「泉穴師神社本殿」、同「泉穴師神社摂社住吉神社本殿」、同「泉穴師神社摂社春日神社本殿」)。
大阪観光局は、泉穴師神社を「和泉国二之宮に数えられる神社」と紹介し、本殿は「豊臣秀頼の造営によるもの」と説明しています。境内には樹齢約600〜800年といわれるクスノキが十数本あって市の天然記念物に指定され、「大阪みどりの百選」にも選ばれていると紹介しています。参拝は自由で開閉門はなく、南海本線泉大津駅から徒歩約25分、JR阪和線和泉府中駅から徒歩約20分です(大阪観光局 OSAKA-INFO「泉穴師神社」)。
市立織編館:繊維の歴史と重要文化財の小袖
市立織編館は、平成5年に「繊維」をテーマにして開館した施設で、テクスピア大阪の1階にあります。織物・編物などを通じて、泉大津市の伝統産業と歴史や文化にふれられると市は紹介しています。開館時間は9時から17時まで、休館日は土曜・日曜・年末年始です(泉大津市「市立織編館」、に市公式サイトで確認)。入館料と駐車場は市のページでは確認できませんでした。訪れる前に市に問い合わせてください。
市が所有する国の重要文化財「白地松鶴亀草花文繡箔肩裾小袖」(1994年6月28日指定)は、所在地が織編館とされています。背裏の墨書銘に天正十一年(1583年)の記載があります(文化遺産オンライン「白地松鶴亀草花文繡箔肩裾小袖」)。
臨海部の汐見公園と泉大津フェニックス
汐見公園は、泉北7区(汐見埠頭)の先端にある面積約3.4haの公園です。北側半分はサッカーなどができる多目的広場、南側半分は展望台や緑地です(泉大津市「公園について」)。
泉大津フェニックスは、大阪府の多目的広場と多目的緑地で、野外コンサートなどの会場に使われます。府は「ゲートは通常施錠されており、管理事業者の許可を得ていない方が両広場に立ち入ることは出来ません。」と案内しています(大阪府「泉大津フェニックス多目的広場及び多目的緑地のご利用案内」)。いつでも入れる公園ではなく、イベントの開催時に入る施設です。
大阪・泉州の市町にある国宝・重要文化財と史跡は、大阪・泉州の重要文化財と国宝一覧にまとめています。
泉大津市で有名なもの:だんじりまつり、羊の「おづみん」と市のシンボル
大阪府泉大津市で毛布のほかに知られているのは、秋に市内の4つの神社の地区で行われるだんじりまつりと、市制施行70周年を記念して生まれた羊のマスコット「おづみん」です。市の木はくすのき、市の花はさつきで、ブランドメッセージは「あたらしいがあるらしい 泉大津」です。
秋のだんじりまつり
泉大津市のだんじりまつりは秋に行われ、大津神社地区、泉穴師神社地区、助松神社・曽根神社地区、十二町連合で、試験曳きと本祭りがあります。運営と警備は各町・団体が自主的に行い、期間中は市内各地で車両通行禁止の交通規制があります。
その年の日程と交通規制は、市の公式サイトに載るだんじりまつりの案内で確かめてください。問い合わせ先は、市の生涯学習課スポーツ青少年係(0725-33-1131 代表)です。悪天候のときの曳行の判断は、町・団体によって異なる場合があると市は案内しています。
市章と羊のマスコット「おづみん」
市章は昭和17年9月25日に制定され、「泉」と「大」の文字を波形に図案化して、湧きのぼる発展と海外への雄飛を表しています。マスコットの「おづみん」は、市制施行70周年を記念して生まれた羊のキャラクターです。市の「泉大津を知る」は、名前の「おづ」は市域が古くから「小津」と呼ばれていたことから付けたと説明しています。移住・定住特設サイトは、おづみんを「泉大津市の毛布工場で生まれた羊精(ようせい)」と紹介しています。羊の顔をイメージしたシンボルマークでは、目と口の黒い丸が「創造」「躍動」「調和」を表します(泉大津市「市章・マスコットキャラクター・シンボルマーク」)。
市の木・市の花・ブランドメッセージ
市の木はくすのき、市の花はさつきで、どちらも昭和48年6月1日に制定されました。くすのきは形が雄大で、公園や境内の木として刈り込みに耐え、公害にも強く市民に古くから親しまれていること、さつきは市の風土に合い、育てて増やしやすく、多くの市民が愛好するのにふさわしいことが理由です(泉大津市「市の木、市の花」)。
ブランドメッセージ「あたらしいがあるらしい 泉大津」は令和5年11月に決まり、イメージカラーは「オヅブルー」です(泉大津市「ブランドメッセージが決定しました」)。
よくある質問
Q泉大津市とはどんな市ですか?
泉大津市とは、大阪府の南部、西北部が大阪湾に面した大阪・泉州の市で、北部・東部は高石市と和泉市、南部は大津川を境に泉北郡忠岡町と接します。人口は71,410人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)、面積は14.33平方キロメートルです。1942年4月1日に府下7番目の市として誕生し、毛布の産地として知られています。
Q泉大津市は何が有名ですか?
大阪府泉大津市で有名なものは、毛布の生産、国の史跡の池上曽根遺跡、本殿など3棟が国の重要文化財の泉穴師神社、秋のだんじりまつりです。市内の港からは新門司(北九州市)行きの長距離フェリーが出ていて、市のマスコットは羊の「おづみん」です。
Q泉大津市は何が日本一ですか?
大阪府泉大津市が「日本一」と紹介されるのは毛布の生産です。日本毛布工業組合は、泉大津市とその周辺で国産毛布の90%以上が生産されているとして、泉大津市を「日本一の毛布のまち」と紹介しています。市も、国内で生産される毛布の約90%が泉大津とその近隣地域で生まれていると説明しています。どちらの資料にも数値の基準年は書かれていません。
Q泉大津市は大阪市内ですか?
泉大津市は大阪市内ではなく、大阪府の南部にある独立した市です。1942年4月1日に市制を施行した、大阪市とは別の自治体です。市は、鉄道で難波まで20分、車で大阪市内まで約30分と紹介しています。
Q泉大津市の名前の由来は何ですか?
大阪府泉大津市の「大津」の地名は、「小津」から転じたものといわれ、府中にあった国府の港町として次第に「大きなみなと」になったと市は説明しています。1942年の市制施行のとき、すでに滋賀県大津市があったため、旧国名の和泉国の「泉」を頭に置いて泉大津市になりました。
まとめ
泉大津市とは、大阪府の南部、大阪湾に面した人口71,410人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)の大阪・泉州の市で、1942年4月1日に府下7番目の市になりました。日本毛布工業組合と市が国内の毛布の約9割を泉大津とその周辺で作ると説明する、毛布の産地です。
- 位置と大阪市との関係:西北部が大阪湾に面し、高石市・和泉市・泉北郡忠岡町と接する。大阪市とは別の市
- 人口・面積:府の推計で71,410人・32,950世帯、面積14.33平方キロメートルで市内全域がほぼ平坦
- 成り立ちと名前:奈良時代は国府の外港。17か村から大津町を経て、1942年4月1日に市制施行。滋賀県大津市と区別して和泉国の「泉」を冠した
- 毛布:組合は「90%以上」、市は「約90%」(範囲は周辺・近隣地域を含み、基準年の記載なし)。昭和45年にマイヤー毛布が開発された
- 交通:南海本線の北助松・松ノ浜・泉大津、阪神高速湾岸線の「泉大津」「助松」出口、新門司行きの長距離フェリー
- 名所:国の史跡の池上曽根遺跡、重要文化財の本殿3棟がある泉穴師神社、土日休館の市立織編館、汐見公園
- 祭りとシンボル:秋のだんじりまつり、羊の「おづみん」、市の木くすのき・市の花さつき、「あたらしいがあるらしい 泉大津」
毛布などの特産品は大阪・泉州の特産品一覧、秋のだんじりで知られるほかの市は岸和田市のだんじり祭と歴史の記事で読めます。ほかの市町の記事は大阪・泉州の地域ガイドに並べており、お店選びの記事はトップページから探せます。
出典・参考資料
- 泉大津市「位置・市域面積」
- 泉大津市「泉大津を知る」
- 泉大津市「市の生い立ち」
- 泉大津市「「大津村」「大津町」(泉大津市の地名)」
- 泉大津市「市章・マスコットキャラクター・シンボルマーク」
- 泉大津市「市の木、市の花」
- 泉大津市「ブランドメッセージが決定しました」
- 泉大津市「市役所へのアクセス」
- 泉大津市「ごみの収集」
- 泉大津市「市立織編館」
- 泉大津市「市立池上曽根弥生学習館(池上曽根史跡公園)」
- 泉大津市「公園について」
- 泉大津市 移住・定住特設サイト「まち」
- 泉大津市 移住・定住特設サイト「行く」
- 泉大津市ORIAMデジタルヒストリー
- 泉大津市ORIAMデジタルヒストリー「泉大津と毛布産業」
- 大阪府「毎月推計人口(令和8年9月1日現在)」
- 大阪府「府内の史跡公園等の紹介【池上曽根史跡公園】」
- 大阪府「泉大津フェニックス多目的広場及び多目的緑地のご利用案内」
- 文化遺産オンライン「池上曽根遺跡」
- 文化遺産オンライン「泉穴師神社本殿」
- 文化遺産オンライン「泉穴師神社摂社住吉神社本殿」
- 文化遺産オンライン「泉穴師神社摂社春日神社本殿」
- 文化遺産オンライン「白地松鶴亀草花文繡箔肩裾小袖」
- 日本毛布工業組合
- 日本毛布工業組合「泉州毛布の始まり ~明治・大正~」(大阪・泉州の毛布の歴史)
- 日本毛布工業組合「泉州毛布の始まり ~昭和・現在~」(大阪・泉州の毛布の歴史)
- 大阪観光局 OSAKA-INFO「泉穴師神社」
- 国土交通省 近畿地方整備局「堺泉北港」
- 阪九フェリー「乗り場とアクセス(新門司-泉大津)」
確認日:



泉大津市の公式資料で大阪市内までの時間を確かめると、「泉大津を知る」では鉄道で「わずか20分で難波、関西国際空港にアクセス」、車で「大阪市内へは約30分」と、手段ごとに分けて書かれていました(に市公式サイトで確認)。私なら、泉大津市から大阪市内への近さをほかの市町と比べるときは、鉄道か車か、行き先が難波か大阪市内全般か、どの駅からかをそろえて数字を並べます。市内には南海本線の駅が3つあり、手段と行き先が違う数字を混ぜると比べ方がずれるからです。