和泉市とは、大阪府の南部、大阪・泉州にある海に面していない市です。南北18.8km・東西6.9kmと細長く、南は和泉山脈で和歌山県と接します。人口は180,670人です(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)。市によると奈良時代に和泉国の国府が置かれた土地で、1956年に市になりました。国の史跡の池上曽根遺跡、国宝2件を収蔵する和泉市久保惣記念美術館、槇尾山施福寺があります。
「和泉市って、泉大津市や堺市とどう違うの? 海のほう? 山のほう?」
和泉市を調べ始めると、つまずきやすい点がいくつかあります。大阪・泉州には名前に「泉」の字が付く市町が多く(泉大津市・泉佐野市・泉南市など)、位置をつかみにくいところがあります。大阪府の統計では「泉北地域」、市は「泉州地域」と書いていて、呼び方も分かれます。
大型ショッピングモールのある北部・中部の市街地と、和泉山脈の山寺が同じ市だと結びつきにくいのも、南北に細長い和泉市ならではです。そこで、位置と人口、呼び方、歴史、交通、名所の開館時間・休み・料金・駐車場、文化財、市のシンボルと工芸品を、和泉市・大阪府・文化遺産オンライン・各施設・観光団体の公式資料(確認)で順に整理しました。和泉市を含む大阪府の泉州地域の範囲と市町は、別の記事で一覧にしています。
この記事のまとめ
- 位置:大阪府の南部にある大阪・泉州の市で、海に面していません。北は堺市・高石市、西は泉大津市・岸和田市・忠岡町、東は河内長野市と接し、南は和泉山脈で和歌山県と接します。
- 人口・面積:人口180,670人・76,441世帯(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)、面積84.98平方キロメートルです。府の統計では「泉北地域」に入ります。
- 歴史:弥生時代の池上曽根遺跡の集落、奈良時代の和泉国の国府、熊野街道(小栗街道)を経て、1956年9月1日に市になり、1960年に今の市域になりました。
- 交通:JR阪和線と南海電鉄泉北線(2025年4月1日に泉北高速鉄道線から改称)が通ります。市は、和泉中央駅からなんばまで約30分、和泉府中駅から関西国際空港まで約30分と紹介しています。
- 名所:池上曽根史跡公園と大阪府立弥生文化博物館、和泉市久保惣記念美術館、和泉市いずみの国歴史館、槇尾山施福寺があります。
- シンボルと工芸品:市の花は水仙、市の木は楠です。伝統的工芸品のいずみガラスがあります。
目次
和泉市はどこ?大阪府和泉市の位置・面積・人口と、泉州・泉北の呼び分け
和泉市は大阪府の南部、大阪・泉州にある市で、海に面していません。南北18.8km・東西6.9kmと細長く、南は和泉山脈で和歌山県と接します。面積は84.98平方キロメートル、人口は180,670人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)です。
堺市・高石市・泉大津市・岸和田市・忠岡町・河内長野市と和歌山県に接する
市の「市の沿革など」によると、和泉市は大阪府南部の泉州地域に位置し、北は堺市・高石市、西は泉大津市・岸和田市・忠岡町、東は河内長野市に接し、南は和泉山脈の和歌山県境です(和泉市「市の沿革など」)。接するのはこれらの市町と和歌山県だけで、和泉市は海に面していません。隣の泉大津市の位置と歴史、高石市の位置と歴史や岸和田市の歴史と名所は、別の記事で紹介しています。
市の「和泉市の魅力」は、和泉市を大阪の都心から約25km、関西国際空港から約20kmの位置と紹介しています(和泉市「和泉市の魅力」)。
南高北低の地形:海抜9.2mから885.7mまで
地形は南が高く北が低い「南高北低」で、南部に和泉山脈が連なり、中部・北部には丘陵と平地が広がります。海抜は9.2mから885.7mまであり、南部から北部へ槇尾川・松尾川が流れています。
市は、北部・中部に大型ショッピングモール・鉄道路線・高速道路のICなどを含む市街地が形づくられ、南部では豊かな自然環境が保たれているとして、和泉市を都市環境と自然が調和した「トカイナカ」と紹介しています。
人口は180,670人:大阪府毎月推計人口の内訳
和泉市の人口は、大阪府毎月推計人口で180,670人、世帯数は76,441世帯です(2026年9月1日現在)。内訳は次のとおりです。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 人口 | 180,670人(男86,566人・ 女94,104人) |
| 世帯数 | 76,441世帯 |
| 1世帯あたり人員 | 2.36人 |
| 人口密度 | 2,126人/km² |
| 過去1年間の増減 | 1,088人減(自然増減886人減・ 社会増減202人減) |
過去1年間は、2025年9月1日から2026年8月末日までです。出生1,058人・死亡1,944人による自然増減が886人の減少、転入と転出の差による社会増減が202人の減少でした(大阪府「毎月推計人口(令和8年9月1日現在)」)。
和泉市は大阪・泉州?それとも泉北?
大阪府の推計人口の地域区分では、泉州地域は泉北地域(堺市・泉大津市・和泉市・高石市・忠岡町)と泉南地域(岸和田市・貝塚市・泉佐野市・泉南市・阪南市・熊取町・田尻町・岬町)に分かれ、和泉市は泉北地域に入ります(大阪府「利用上の注意」)。和泉市自身は「大阪府南部の泉州地域に位置」する市と紹介していて、どちらの呼び方も使われます。
大阪府の「泉州」の範囲は資料によって違い、府の統計のように堺市を含めて呼ぶ資料もあります。当サイトは、堺市を除く大阪府南部の12市町を紹介の対象にしており、和泉市はそのひとつです。対象の市町の一覧は大阪・泉州とは?範囲と各市町の記事にまとめています。
和泉市の歴史:池上曽根の弥生集落、和泉国の国府、熊野街道から1956年の市制まで
和泉市は、旧石器時代の石器が見つかっており、弥生時代には池上曽根遺跡の大きな集落が営まれた土地です。市によると奈良時代に和泉国の国府が今の府中町に置かれ、1956年9月1日に和泉町と6か村の合併で市になり、1960年に八坂町・信太村を編入して今の市域になりました。
弥生時代の池上曽根遺跡と、古墳時代の和泉黄金塚古墳
池上曽根遺跡は、和泉市池上町と泉大津市曽根町にまたがる弥生時代の集落跡で、1976年4月26日に国の史跡に指定されました。文化遺産オンラインは「著名な弥生時代の集落跡である。」と解説し、最も整備された弥生時代中期には、幅7m・深さ5mの大きな溝が東西300m・南北400mの範囲を楕円形に囲んでいたと説明しています(文化遺産オンライン「池上曽根遺跡」)。
和泉市上代町の和泉黄金塚古墳は、古墳時代前期末の墳長94mの前方後円墳で、2008年3月28日に国の史跡に指定されました。昭和25〜26年の発掘で「景初三年」(239年)の銘がある画文帯神獣鏡などが見つかり、周りの周濠状の遺構を含めると総長は115mに達します(文化遺産オンライン「和泉黄金塚古墳」)。出土品は国の重要文化財で、東京国立博物館が所蔵しています(文化遺産オンライン「和泉黄金塚古墳出土品」)。
和泉国の国府と「和泉」の名
市の「市の沿革など」によると、奈良時代、和泉国の政治をつかさどる国府が、今の府中町に置かれました。「和泉」の地名は、市内の泉井上神社の境内にある「和泉清水」に由来すると市は説明しています(和泉市「地名の由来」)。和泉清水と和泉国の成り立ちは、大阪・泉州の由来と和泉清水・和泉国の記事で詳しく紹介しています。
熊野街道(小栗街道)と和泉木綿・みかん
平安時代には熊野詣の参詣道の熊野街道が市内を通り、「蟻の熊野詣」といわれるほどにぎわいました。市は、いまも「小栗街道」として当時の面影を残していると紹介しています。
江戸時代には幕府の天領や伯太藩領となり、特産の「和泉木綿」や農業が発展しました。明治初年の62村は、明治22年の町村制の施行で12か村にまとまり、綿織物やみかんづくりなどの農業で栄えました。
1956年の市制から今の市域へ
1956年(昭和31年)9月1日、和泉町と北池田・南池田・北松尾・南松尾・横山・南横山の1町6か村が合併し、人口約5万人の市として和泉市が誕生しました。1960年(昭和35年)に八坂町・信太村を編入し、今の市域になっています。
| 時期 | できごと | 出典 |
|---|---|---|
| 昭和31年 (1956年)9月1日 | 和泉町と6か村が合併し、和泉市が誕生 | 市の沿革など |
| 昭和33年 (1958年) | 槇尾山一帯が金剛生駒国定公園に指定 | 和泉市の歩み |
| 昭和35年 (1960年) | 八坂町・信太村を編入し、現在の市域に | 市の沿革など |
| 昭和46年 (1971年) | 人口10万人を突破 | 和泉市の歩み |
| 昭和51年 (1976年) | 池上曽根遺跡が国の史跡に指定 | 和泉市の歩み |
| 昭和57年 (1982年) | 和泉市久保惣記念美術館がオープン | 和泉市の歩み |
| 平成3年 (1991年) | 池上町に府立弥生文化博物館が完成 | 和泉市の歩み |
| 平成7年 (1995年)4月 | 和泉中央駅が開業、桃山学院大学が開校 | 市の沿革など |
| 平成11年 (1999年) | 和泉市いずみの国歴史館が開館 | 和泉市の歩み |
| 平成13年 (2001年) | 池上曽根遺跡史跡公園が開園 | 和泉市の歩み |
| 平成20年 (2008年) | 和泉黄金塚古墳が国の史跡に指定。 道の駅いずみ山愛の里がオープン | 和泉市の歩み |
西暦は、市の資料の和暦から換算して併記しました。「和泉市の歩み」には、1986年(昭和61年)に和泉中央丘陵(トリヴェール和泉)の開発事業の起工式が行われたことも記されています(和泉市「和泉市の歩み」)。
和泉市の交通:JR阪和線と南海電鉄泉北線、阪和自動車道
和泉市を走る鉄道は、JR阪和線と南海電鉄泉北線の2路線です。市は、和泉中央駅からなんばまで約30分、和泉府中駅から関西国際空港まで約30分と紹介しています。泉北線は、2025年4月1日に泉北高速鉄道線から名前が変わった路線です。
JR阪和線の和泉府中・信太山・北信太と、泉北線の和泉中央・光明池
市の地域公共交通計画は、JR阪和線の和泉府中駅・北信太駅・信太山駅と、泉北線の和泉中央駅・光明池駅の周辺を、まちの拠点に挙げています。光明池駅の周辺は、堺市域にもまたがる形で商業施設などが立地していると、計画は説明しています(和泉市「和泉市地域公共交通計画」)。
市の「和泉市の魅力」は、和泉中央駅を始発駅で座って通勤・通学できる駅と紹介しています。
「泉北高速鉄道」から「泉北線」へ
南海電鉄は、泉北高速鉄道との鉄道事業の合併により、2025年4月1日から「泉北高速鉄道線」を「泉北線」と名付け、南海電鉄の路線として営業しています(南海電鉄「南海電気鉄道と泉北高速鉄道の鉄道事業の合併が認可されました」)。和泉中央駅や光明池駅は、古い案内では「泉北高速鉄道」の駅と書かれていることがあります。
車は阪和自動車道の岸和田和泉IC
車で行く場合、各施設の公式の案内では、和泉市久保惣記念美術館は阪和自動車道の岸和田和泉ICから約3分、和泉市いずみの国歴史館は同じICから約10分です。ICの名前は、案内によって「岸和田・和泉インター」「岸和田IC」とも書かれています。市の「和泉市の歩み」には、1981年(昭和56年)に「第2阪和国道(現・国道26号線)の和泉市域部分が開通」と記されています。
大阪・泉州の電車とバスの路線は大阪・泉州の電車とバス、転入届とあわせて済ませる手続きは大阪・泉州へ移住したらまずやる手続きの記事で、市町別に紹介しています。
和泉市の名所:池上曽根史跡公園・久保惣記念美術館・槇尾山施福寺など
和泉市の主な名所は、JR信太山駅の近くの池上曽根史跡公園と大阪府立弥生文化博物館、和泉中央駅からバスや徒歩で行く和泉市久保惣記念美術館と和泉市いずみの国歴史館、和泉山脈の槇尾山にある槇尾山施福寺です。博物館・美術館・歴史館はいずれも月曜が休みで、祝日の扱いはそれぞれ違います。
| 名所 | 時間 | 休み | 料金 | 駐車場 |
|---|---|---|---|---|
| 大阪府立 弥生文化博物館 | 9時30分〜17時 (入館は16時30分まで) | 月曜(休日は開館し翌火曜)・ 12月28日〜1月4日 | 一般310〜650円(展示により異なる)・ 中学生以下無料 | 無料・普通車72台 |
| 池上曽根史跡公園 (弥生情報館) | 弥生情報館10時〜17時 (入館は16時30分まで) | 弥生情報館は月曜(祝日は翌日)・ 年末年始 | 無料 | あり(台数の記載なし) |
| 和泉市久保惣 記念美術館 | 10時〜17時 (入館は16時30分まで) | 月曜(祝日は開館し翌平日)・ 年末年始・陳列替期間 | 常設展は一般500円・高大生300円・ 中学生以下無料 | 無料(台数の記載なし) |
| 和泉市 いずみの国歴史館 | 10時〜17時 (入館は16時30分まで) | 月曜(祝日は開館)・ 祝日の翌日(土日は開館)・ 年末年始・展示入れ替え期間 | 無料(特別展は有料の場合あり) | 公園と共同で30台 |
| 槇尾山施福寺 | 8時〜17時 (冬は8時〜16時) | なし(大阪観光局) | 入山料500円・ 拝観料500円 | 約100台(西国三十三所札所会) |
施福寺の冬の拝観時間(8時〜16時)は、西国三十三所札所会が11月1日から2月末日、大阪観光局が12月から2月末日と書いていて、始まる月が違います。11月に訪ねる場合は、寺(0725-92-2332)に確かめてください。
池上曽根史跡公園と大阪府立弥生文化博物館
池上曽根史跡公園は、国の史跡の池上曽根遺跡の中心部を整備した公園です。和泉市の文化財サイトによると、遺跡で見つかった「弥生時代最大級」の建物と井戸を中心に大型建物「いずみの高殿」と大型井戸「やよいの大井戸」が復元され、2001年(平成13年)から史跡範囲の約3分の1が公園として開放されています(和泉市の文化財「池上曽根遺跡」)。
大阪府によると、遺跡の総面積は約60万平方メートルと推定され、その中心部の約11万平方メートルが国の史跡です。史跡公園は野外復原ゾーン・弥生情報館・弥生学習館で構成されています。JR阪和線の信太山駅から徒歩6分で、駐車場は「駐車場あり」とだけ書かれています(大阪府「府内の史跡公園等の紹介【池上曽根史跡公園】」)。公園の案内所の池上曽根弥生情報館は、和泉市池上町四丁目14番13号にあります(和泉市の文化財「池上曽根史跡公園」)。弥生学習館は泉大津市側にあり、泉大津市側の池上曽根弥生学習館の記事で紹介しています。
大阪府立弥生文化博物館は、1991年に史跡池上曽根遺跡に隣接して開館した、弥生時代を専門とする博物館です。所在地は和泉市池上町4丁目8-27で、JR阪和線の信太山駅から西へ約600mです。館は、和泉市に暴風警報などが出たときに臨時休館する基準を公式サイトで案内しています(大阪府立弥生文化博物館「ご利用案内」)。
和泉市久保惣記念美術館
和泉市久保惣記念美術館は、1982年(昭和57年)10月に開館した和泉市立の美術館です。明治時代から綿業を営んだ久保惣の三代惣太郎氏が、美術品と美術館の建物・敷地・基金を和泉市に寄贈し、久保家の旧本宅跡地に開館しました。日本と中国の絵画・書・工芸品など東洋古美術を中心におよそ13,000点を収蔵し、国宝の「歌仙歌合」と「青磁 鳳凰耳花生 銘万声」、モネやルノワールなど西洋近代の絵画もあります(和泉市久保惣記念美術館「当館について」)。
所在地は和泉市内田町三丁目6番12号です。電車では、南海泉北線の和泉中央駅から南海バスの「美術館前」行きに乗り、「美術館前」で降りてすぐです。JR阪和線の和泉府中駅からは南海バスの「春木川」「若樫」行きで約30分です(和泉市久保惣記念美術館「交通アクセス」)。美術館は、収蔵品の国宝・重要文化財を中心とする名品を年1回の特別陳列などで展示すると紹介しているため、見たい作品があるときは美術館の年間展示カレンダーで確かめてください(和泉市久保惣記念美術館「利用案内」)。
和泉市いずみの国歴史館
和泉市いずみの国歴史館は、和泉市まなび野2番4の宮ノ上公園内、まなびのプラザにある市の資料館です。常設展「和泉史-ひとのくらしのもの語り-」では、市内の遺跡の出土品や古文書、旧町村役場文書、民俗資料を展示し、本物を見せることにこだわって、あえて復元模型を置いていないと市は紹介しています。弥生時代や古墳時代の本物の土器に触れるコーナーもあり、ロビーには、市が「日本最大級」と紹介する須恵器の大甕があります。
泉北線の和泉中央駅から徒歩20分、または南海バスで約10分の「緑ヶ丘団地」から徒歩約5分です(和泉市「和泉市いずみの国歴史館の概要」)。
槇尾山施福寺
槇尾山施福寺は、和泉市槇尾山町136にある天台宗の寺で、西国三十三所の第四番札所です。西国三十三所札所会は、創建を欽明天皇の時代(539〜571年)、本尊を十一面千手千眼観世音菩薩と紹介しています(西国三十三所札所会「第四番 槇尾山 施福寺」)。市は、槇尾山一帯が昭和33年(1958年)に金剛生駒国定公園に指定されたと記しています。この国定公園は平成8年に和泉葛城山系を加え、金剛生駒紀泉国定公園に名前が変わりました(大阪府「金剛生駒紀泉国定公園」)。
大阪観光局の案内(2026年10月21日確認)では、泉北線の和泉中央駅から南海バスの「父鬼」「槙尾山口」行きで「槙尾中学校前」まで行き、乗り合いの「チョイソコいずみ」に乗り換えて「槇尾山」で降り、徒歩30分です。チョイソコいずみは、事前の会員登録と乗車申し込みが必要です。入山料は、料金所から施福寺まで登る人が1人500円を払います(大阪観光局 OSAKA-INFO「槇尾山施福寺」)。行き方と時間は、行く前に寺(0725-92-2332)に確かめてください。
和泉市の文化財と日本遺産:施福寺・松尾寺と国の史跡
和泉市の文化財は、市によると国41件(うち国宝2件)・府21件・市32件の計94件が指定されています。国の史跡には池上曽根遺跡と和泉黄金塚古墳があり、槇尾山施福寺は2つの日本遺産の、松尾寺は日本遺産「葛城修験」の構成文化財です。
市はこのほか、国の登録文化財が4件、重要美術品が1件あると紹介しています(和泉市「和泉市の指定文化財・登録文化財」)。国宝の2件は、和泉市が所有する「青磁鳳凰耳花生〈銘万声〉」(南宋、1951年6月9日に国宝指定)と「歌仙歌合」(平安、1952年3月29日に国宝指定)です(文化遺産オンライン「青磁鳳凰耳花生〈銘万声〉」、同「歌仙歌合」)。施福寺が所有する「槇尾山大縁起」(南北朝時代の1360年の筆写)は、1904年2月18日に国の重要文化財に指定されています(文化遺産オンライン「槇尾山大縁起」)。
日本遺産では、令和元年度に認定された「1300年つづく日本の終活の旅~西国三十三所観音巡礼~」に第四番札所の槇尾山施福寺が、令和2年度に認定された「葛城修験」に松尾寺・槇尾山施福寺・七越峠経塚山・見宝塔品(非公開)・笹踊りが、構成文化財として含まれています(和泉市「日本遺産について」)。葛城修験の副題は、市のページが「修験道のはじまりの地」、日本遺産ポータルサイトが「修験道はじまりの地」と書いていて、表記が少し違います。
和泉市を含む大阪・泉州の市町の国宝・重要文化財の件数と一覧は、大阪・泉州の重要文化財と国宝一覧にまとめています。
和泉市で有名なもの:市の花・水仙、市の木・楠、いずみガラス
和泉市のシンボルは市の花の水仙と市の木の楠で、どちらも1970年(昭和45年)に決まりました。市は、水仙は鎌倉時代に国内で最初に栽培された地が当地といわれると紹介しています。工芸品では、経済産業大臣が指定する伝統的工芸品のいずみガラスがあります。
市章・市の花・市の木
市章は、和泉市の「泉」を図案化したもので、明瞭で進展と清浄性を表していると市は説明しています(1957年3月制定)。市の木の楠は、市内の松尾寺や葛葉稲荷神社にも大きな木があると紹介されています(和泉市「市章・市の花・市の木」)。
いずみガラス・和泉蜻蛉玉・大阪泉州桐箪笥
和泉市の工芸品には、伝統的工芸品のいずみガラス、大阪府知事指定の伝統工芸品の和泉蜻蛉玉、岸和田市・忠岡町とともに産地に挙げられる大阪泉州桐箪笥があります。指定の年月日や産地は、大阪・泉州の特産品一覧(いずみガラスなど)の記事で紹介しています。
市内のおでかけ先や催しの最新情報は、市の観光ポータルの和泉市おでかけポータルサイトに載っています。
よくある質問
Q和泉市とはどんなところですか?
和泉市とは、大阪府の南部、大阪・泉州にある海に面していない市で、人口は約18万人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)です。南北に細長く、北部・中部に市街地が、南部に豊かな自然環境が広がると市は紹介しています。国の史跡の池上曽根遺跡や、国宝2件を収蔵する和泉市久保惣記念美術館があります。
Q和泉市は何が有名ですか?
大阪府和泉市で有名なものは、弥生時代の環濠集落の池上曽根遺跡、国宝の「青磁鳳凰耳花生 銘万声」「歌仙歌合」を収蔵する和泉市久保惣記念美術館、西国三十三所第四番札所の槇尾山施福寺です。伝統的工芸品のいずみガラスもあり、市の花は水仙、市の木は楠です。
Q大阪府の和泉市は泉州ですか?泉北ですか?
大阪府の和泉市は、府の統計区分では泉州地域のうちの「泉北地域」(堺市・泉大津市・和泉市・高石市・忠岡町)に入ります。和泉市自身は「大阪府南部の泉州地域に位置」する市と紹介しており、どちらの呼び方も使われます。当サイトは堺市を除く大阪府南部の12市町を紹介の対象にしています。
Q和泉市に海はありますか?
大阪府和泉市は海に面していない市です。接するのは北の堺市・高石市、西の泉大津市・岸和田市・忠岡町、東の河内長野市と、南の和泉山脈の和歌山県境で、市の海抜は9.2mから885.7mまであります。
Q和泉市はなぜ「和泉」と書くのですか?
大阪府和泉市の「和泉」は、市内の泉井上神社の境内にある「和泉清水」に由来する地名だと、和泉市は説明しています。もとは「泉」の1字で、和銅6年(713年)の好字令などで「和泉」と書くようになったと市は推定しています。奈良時代には和泉国の国府が今の府中町に置かれました。
まとめ
和泉市とは、大阪府の南部、大阪・泉州にある海に面していない人口約18万人(大阪府毎月推計人口、2026年9月1日現在)の市で、北部・中部の市街地から南の和泉山脈まで、南北18.8kmに広がります。
- 位置と呼び方:堺市・高石市・泉大津市・岸和田市・忠岡町・河内長野市と和歌山県に接する。府の統計では泉北地域、市は大阪府南部の泉州地域と紹介
- 人口・面積:府の推計で180,670人・76,441世帯、面積84.98平方キロメートル
- 歴史:池上曽根遺跡の弥生集落、和泉黄金塚古墳、奈良時代の和泉国の国府、熊野街道(小栗街道)。1956年9月1日に市制、1960年に今の市域
- 交通:JR阪和線と南海電鉄泉北線(2025年4月1日に泉北高速鉄道線から改称)、阪和自動車道の岸和田和泉IC
- 名所:池上曽根史跡公園と府立弥生文化博物館、和泉市久保惣記念美術館、いずみの国歴史館(博物館・美術館・歴史館は月曜休み)、槇尾山施福寺
- 文化財:市によると国41件(うち国宝2件)を含む94件。施福寺は2つの日本遺産、松尾寺は「葛城修験」の構成文化財
- シンボルと工芸品:市の花は水仙、市の木は楠。いずみガラス
隣の市は泉大津市とは、「和泉」の名の由来は大阪・泉州の由来と和泉国、国宝・重要文化財は大阪・泉州の重要文化財と国宝一覧、子育ての相談窓口や休日の急病の行き先は大阪・泉州の子育て支援まとめと大阪・泉州の休日診療所と夜間の急病相談、子どもと行ける公園は大阪・泉州の子どもと行ける大きな公園の記事で読めます。ほかの市町の記事は大阪・泉州の地域ガイドに並べており、お店選びの記事はトップページから探せます。
出典・参考資料
- 和泉市「市の沿革など」
- 和泉市「和泉市の歩み」
- 和泉市「市章・市の花・市の木」
- 和泉市「地名の由来」
- 和泉市「和泉市の魅力」
- 和泉市「和泉市地域公共交通計画」
- 和泉市「和泉市の指定文化財・登録文化財」
- 和泉市「日本遺産について」
- 和泉市「和泉市いずみの国歴史館の概要」
- 和泉市おでかけポータルサイト
- 和泉市の文化財「池上曽根遺跡」
- 和泉市の文化財「池上曽根史跡公園」
- 大阪府「毎月推計人口(令和8年9月1日現在)」
- 大阪府「利用上の注意」(推計人口の地域区分)
- 大阪府「府内の史跡公園等の紹介【池上曽根史跡公園】」
- 大阪府「金剛生駒紀泉国定公園」
- 文化遺産オンライン「池上曽根遺跡」
- 文化遺産オンライン「和泉黄金塚古墳」
- 文化遺産オンライン「和泉黄金塚古墳出土品」
- 文化遺産オンライン「青磁鳳凰耳花生〈銘万声〉」
- 文化遺産オンライン「歌仙歌合」
- 文化遺産オンライン「槇尾山大縁起」
- 大阪観光局 OSAKA-INFO「槇尾山施福寺」
- 西国三十三所札所会「第四番 槇尾山 施福寺」
- 南海電鉄「南海電気鉄道と泉北高速鉄道の鉄道事業の合併が認可されました」
- 大阪府立弥生文化博物館「ご利用案内」
- 和泉市久保惣記念美術館「当館について」
- 和泉市久保惣記念美術館「利用案内」
- 和泉市久保惣記念美術館「交通アクセス」
確認日:



市の「市の沿革など」で位置を確かめると、和泉市は東西6.9km・南北18.8kmで、海抜は9.2mから885.7mまでありました(に市公式サイトで確認)。私なら、和泉市を人に説明するときは、駅の多い北部・中部と、和泉山脈がある南部を分けて話し、訪ねるなら池上曽根史跡公園と槇尾山を別の日にします。北部の池上曽根史跡公園と弥生文化博物館はJR信太山駅から歩ける距離ですが、南の槇尾山はバスと乗り合いを乗り継いだうえ、終点から徒歩30分の登りがあるからです。